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日曜早朝、友人とカヌーに出かけた。昨夜の雨はすっかり上がり予報では
晴れとのことで、絶好のカヌー日和になった。
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 本日、僕らのカヌークラブ「Luck沈」の会長がはるばる来店。

話の流れから、

「9月17日 日曜日、朝8時から、舟形・長者原の橋下でカヌー遊びをしよ

う!(小雨決行)」ってことに、相成りました。

 初心者の方、若い女性、大歓迎!!。

…男女年齢50歳前後の方も、来れるもんなら来てもらってもいいです。

カヌー、ライフジャケットなど、持ってない人も大丈夫です。

 着替え・タオル(石けんは不要)・弁当・飲み物持参ください。

芋煮会も同時開催予定(参加料500円)。

お申し込みは、貘のオヤジまで。
朝8時前、長者原到着。もう既に鮎釣人が用意をしていたが、「ここでカヌーやって、イイっすか」と切り出せば、「ダメ」とは言われないはず…、と先手を打った。
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カヌーを始めたのは10年程前になるが、きっかけとなったのが「最上川自作いかだ下りレース」だった。チームを組み、狩川~最上川河口までの40数キロを漕ぎ下るタイムレースに出場して以来、川下りの魅力にとりつかれてしまったのだ。
その魅力のひとつは、「流れ」である。一時でも同じ状態はなく水面の表情は変化しつづけている。
その変化を感じ取り、読み取りながら漕ぎ進んでいくのだが、時々どうにもならない、まるで小川を流れる落ち葉のような状況になったりもする。
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人間は小さい。

思いもよらない方向にスーッと流されてしまったり、突然水面がもっこりと持ち上がる「ボイルウォーター」現象で「沈」しそうになったりもする。
そういう「不測の状況」を楽しむことが、たまらないのだ。「だったらあぶないんじゃないの」と思うだろうが、そういう状況ばかりではない。
「トロ場」という波すら立たない緩やかな流れの場所もある。そこでは、それぞれがゆったりと川、風、音、そして時間の、「流れ」を満喫することができる。
 圧倒的な自然の中に身を置き、その美しさ雄大さに畏敬の念を抱きつつ謙虚に楽しむことで、五感をリフレッシュさせることができるのだ。
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パドルを握ると、もうみんな「少年」だ。

美空ひばりじゃないが、「川の流れ」は人生そのものである。大きな流れに翻弄されながらひたすら目的地目指して漕ぎつづける行為はまさに「カヌーは人生、人生はカヌー」である。
 目的地が近づくと、漕ぎきったという達成感と同時に、もう終点かという何ともいえない寂しさに襲われる。カヌーを降り上陸したときは、恋人との楽しかったデートを終え、「じゃあ、またね」と別れる時に似た感情になる。

だから、カヌーはやめられないのである。

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一面水だらけなのに飲料はペットボトルに入ったお茶。

 カヌーを始めて10年程になる。最初の頃は、飲料と言えば「缶ビール」だった。ひどい時は終点に着いたら、カヌーの中がビールの空き缶だらけということもあった。
でも今はビールはいらない。カッコつけて言えば「大自然の壮大さ、美しさに酔いしれて」しまうからである。
今はもう立派な、ノンアルコール・カヌーイストなのだ。
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「ここの新緑の季節は空気が違う」と押切D氏に言わせた景色

 特に、最上峡にそびえ立つ新緑の山並を、真下から眺めつつカヌ-を漕ぎ進める時は、ビールなど飲まず「息を呑む」のだ。
社会の真下で生きる本屋のオヤジの日常では味わえない至福の瞬間である。

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最上峡の壮大な景色を独り占めする井関さん

だから、カヌーはやめられないのだ。 つづく。

 次回は、僕がカヌーにはまるホントの理由を書こうかな。へへ。
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