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昨日未明、橋新庄市長が急逝しました。


 
 高校の大先輩ということもあり、

日頃から「バクちゃん」と気軽に声を掛けてもらってて、

大変光栄に感じていました。

 市議会議員に当選してからは、

「これからは、何て呼べばいいかな、

小関議員じゃちょっと・・・な」

「いつもどおりバクでいいじゃないですか」

「そうだな、ははは」

と、笑みを浮かべながらおっしゃっていたのに・・・。

 早朝、突然の訃報・・・大変残念でなりません。



 数年前、FMフラワーの番組「街なかフリートーク」

に快く出演していただきました。

その際の、橋市長のお話がとても印象深く

本当に、やさしくて、素敵な人なんだなと

強く感じました。

特に印象的だったのは、

「市長になりたいと思ったことは?」

という僕の問いに対して

「全然、なかった」の答えでした。

 父である前市長の後継者として、あれよあれよ

という間に周囲の方たちや同級生に

担ぎ上げられ、

突然「市長」になっちゃった、のだそうです。

その言葉から、

本当は「なりたくなかった」のでは

ないかと、直感的に感じました。


 はっきり言わせていただきますと、橋市長は

政治家には不向きな方だったのでは、と思います。

あまりに

やさしくて、いい人過ぎる方ではなかったかと・・・。

あくまで勝手な想像でしかないのですが、

 本当は、のんびりとお孫さんたちと遊びながら

「じいちゃん生活」を謳歌したかったのではないかと

思うのです。

それを、妨げたものは、一体何だったんだろうか。

そして

本人は、最期までの「執務」を本当に、

望んでいたのだろうか・・・。


もう、今となっては確認のしようがありません。



 突然、船長を失った「新庄丸」は、

これから大荒れの海をどう乗りきって

いけばいいのだろうか。

 側近の方々は

このような状況になることを、

そして、多くの市民が動揺してしまうことを、

予想出来ていなかったのだろうか。

 予想しながら、何もせずに

いたのなら、大変な「失態」だろう。


 6月の定例会議で

市民の一番の関心事である、

「市長の健康問題」について質問させていただいた。

その際には、

「執務はちゃんとやっているし、大丈夫だ」

との答弁をいただき、今の状況下の

激務に本当に耐えられるのだろうか、と

心配しつつも、答弁を受け入れた。

 市民の代表である議員な訳だから、

もっと、今後のことについて

強く、深く、確認すべきだったと、

反省している。


 大嵐の中、船長不在船クルーの、一人として

なんとか難破せぬように

協力していこうと考えています。



もっともっと家族と

一緒にいたかったはずですよね、市長。


 本当にお疲れ様でした

   安らかにお眠りください


合掌。


















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