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 昔は5・60代で一生を終え天に召される、というのが普通だったようだが、今は人生80年が当たり前の世の中になってしまった。
 子どもの頃、20代の人をみれば「大人だなぁ、早く大っきぐなりってぇ~」って思っていた。ねぎっぱな(黄緑っぽい鼻水)を、セーターの袖で拭いながら、彼等を憧れの眼差しで見ていた。
 そんな僕は、あっという間に50代に突入し、昔であれば天から手招きされる年代になってしまった。若い頃はピンとこなかった「光陰矢のごとし」は、いまは、心と、体にグサグサッと突き刺さっている。
 でもイメージしていた「50代」とは、ほど遠く、まだまだふらついていて、ビシッとしたところが全くない、というのが今の僕だ。だから同年代の方々と話すよりも、若者や子どもたちと話している時が、楽しいし、充実感がある。
 これは、もしかすると大人として成長すべき部分が全く育っていない状態、なのではないかなと、いささか不安である。どう考えても幼稚園ぐらいの子どもと同じレベルで本気になって遊ぶ大人なんていない、たとえいたとしても、「楽しくてしかたない」ほどの域までいける大人は、少数だと思う。僕はもちろんその少数の中にいるわけで・・・。
 僕はいつになったら、イメージどおりの大人になれるんだろうか。でも、人からなんと言われようと、このまんまで生きてみようかな、とも思う。でもなぁ・・・。
 とうに不惑の歳を越えても尚、惑いの中にチャプンと浸かっている僕は、いったい大丈夫なんだろうか。 という不安をかき消すため、今までの道程を肯定したいがために、以下のような仮説をたててみた。
 人生というのは、パンツのゴムひもである。そのゴムひもにはマジックペンで、10・20~40・50・60~と、年代を示す目盛りがついている。人生の長さは人それぞれで短い場合もあれば、長い場合もある。僕の場合は後者の方で、ビロ~ンと長くのびた人生なのではないか、と考えるわけ。ゴムひもを引っ張って伸ばすと、目盛りの間隔も伸びる。他のゴムひもと比較すると、通常50代の目盛りのところと、僕の伸びきったパンツのゴムひもの10代の目盛りが、同じ位置にあるから、子どもたちとも違和感なくコミュニケーションがとれるのではないかと。  では、僕が50代の境地にたどり着くには、いったいどれだけ生きつづけなければならないのだろうか・・・。おそらく人間の平均寿命から考えると、ぜったいに僕は50代の境地にたどり着くことなく、生涯を終えることになる。か、2~300歳という「生命科学」の常識をいきなり覆すほどの長生きができるか、のどちらかだろう。・・・んなこと、あるわけないだろって!!
 でも、やっぱりバカボンのパパの口ぐせどおり、人生、これでいいのだ。
伸びきったパンツのゴムひも人生で、全然、NO PROBLEMなのだ。
 ただ、ゴムの伸びきったパンツを履いて仕事に出かけると、なにか気合が入らないと言うか、なんと言うか・・・例えば朝の挨拶で言うと「おふぁひょふぉほさいふぁ~す」みたいな状態になり仕事どころではなくなってしまうので、こんな人生にならないように、ゴムをいや、気を引き締め、進んでいきたいと決心したわけで・・・ふぉふぉふぉ。
 
 
 
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