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 4年程前「新庄朝日」に掲載された「政治家ってなんだろう・・・」っていう僕の作文を偶然見つけた。
よろしければ、ご一読を。
 
 「政治家ってなんだろう・・・」


 先日、テレビで法案成立に向けた国会議員たちの肉弾戦が放送されていた。
議長のマイクを死守しようと必死にスクラムを組む議員、牛若丸ばりに机上を飛び回る女性議員、それらを囲んでヤジを飛ばす他の議員たち。もう見慣れてしまった光景である。
 広辞苑で「政治家」を引いてみる。 ①政治にたずさわる人。②(比喩的に)政治手腕があり、かけひきのうまい人。―― とある。
さすが広辞苑「なるほど、ふむふむ」である。特に②には、やわらかな表現の中、彼等にすれば浅はかな内面を抉られるような意味が込められていて、彼等に裏切られ続けている一有権者としては実にうれしくなる。
 テレビに映し出される【光景】と意味を重ね合わせると①は確かにたずさわっているが、そのたずさわり方に問題がある。崇高な理念に伴う行動をとってしかるべきなのに、あれではまるで魑魅魍魎の蠢きだ。②は政治手腕というのは字そのままの【手腕】ではないはずで、乱闘と挙手、白い手袋で汚れた手を隠し、有権者と握手するための手ではないはずだ。かけひきのうまい、というのは選挙戦を睨んでのパフォーマンスでなんとか勝利を勝ち取ろうという程度のものだったら怒りを越えて悲しくなる。
最近では、運命の非常さに翻弄され離れ離れになっている家族を再開させるというシナリオを選挙前に実行したのは、まさにその【パフォーマンス】ではなかったのだろか。

 そして野党がよく使う【牛歩戦術】というのがある。あれを【戦術】と名づけたのは一体どなただろう。あんな行為を【戦術】と呼んでは戦国時代の武将たちが化けて出る。もっと緻密で有効な、本当の意味での【戦術】を彼等に望んでも無理というものか・・・。
 なぜ、彼等は変われないのだろう、あるいは変わろうとしないのだろう。簡単である、変わる必要がない、のだ。
 内容はどうあれ彼等には【政治家】というしっかりとしたイメージが刷り込まれている。それを終着としている列車ばかりだから変わらないのである。同じ線路上を走っている限り、列車が違っても行き着くところは【同じ】。有権者を小馬鹿にしたような振舞いを平気で出来る【議員先生】にたどり着いてしまうのだ。

 皆さん、今回の参議院議員選挙はどのような選択をなさいました?下がり続ける投票率を上げる策は選挙システムをいじくることではないと思う。線路など不必要、どんな悪路も進める【魅力的な車】=【候補者】をどんどん政界に送り込むことではないでしょうか。そして数年をかけて主導権を我々有権者の手に取り戻すことではないでしょうか。そうすれば、必ず投票率はあがりますよ、きっと。


 などと、生意気なことを書きなぐっている。でも、田舎政治家になった今でも彼らに対する考えは、まったく変わらない。
 その訳は、彼らが未だに同じような言動、行動をとっているからだ。変わろうとすれば、それだけで少しは変わることができるのに、変われない。これはやはり、ずーっと昔から敷かれたレールの上に乗っかっているから気付かないのだ。だから、変わらない。
 そろそろ先生方、レールからお降りになり、ご自分の頭と足で「国民のために」働いてみてはいかがでしょうか。
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