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 アメリカのサブプライムローンの焦げ付きから端を発した世界的な原油や穀物の高騰、そして食糧危機、インフレ…。さらにミャンマーの大洪水、中国四川省の大地震、日本の岩手宮城内陸地震…。
 そんな混沌とした世界情勢の中、洞爺湖サミットが「平然と」開催されている。このために膨大なお金と人、エネルギーが湯水のごとく投入されている。開催地北海道にとって経済的メリットは計り知れないだろうが、日本全体、世界全体としては果たしてどれだけの効果を生むのだろう。
 今回のサミットは地球温暖化対策を中心に議論するということだが、日々自分の保身と、自国の利益追求のために奔走する(それすらも中々できない?)首脳たちが集まって、何を決議しようというのか。
 そもそも「サミット」ってどういう意味なのか。
 山の頂とか、テッペンとかいう意味だそうだが、自分たちの集まりを「サミット」と名付けてしまうという、常識では考えられない「感覚」の持ち主たちに、「低地」で暮らす下々の人間のことをちゃんと「理解」しながら議論しろというのは土台無理な話ではないのか。
 世界中で一番高いところに自分たちは立っていると、「自負」しているのならば、なぜ世界のために、地球のために、しっかりとスジの通った決議や宣言をし、実践できないのか、不思議である。
 では、彼らが集まる理由は一体どこにあるのだろうか。
 おそらく「地球温暖化対策」決定のために集まったのではなく、てっぺんにいることの存在を確認するためではないのか。そして「記念写真」の際の立ち位置をブッシュがどこに置いてくれるのかの確認作業が「サミット」最大の意義ではないのか。まるで形骸化した「三流イベント」のようなものだ。
 膨大な費用をかけ、世界の混沌に何の手立ても見い出せないような会議ならば、お願いだから止めて欲しいと思うのは、僕だけだろうか。もし、どうしても「やる」というのならば、私利私欲は一切捨てて、地球という船と乗組員のために具体的に何と何をしよう、という「有効」な決議くらいは、すべきである。
 それが「てっぺん」にいると「自負」するものの当然の「責務」ではないのか。
 
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