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 明日から2日間、東京で【市民と議員の条例づくり交流会議2008】が開催される。市民の「議員はなんにもしない」という批判を受けての行動のつもりではないが、とにかく「なんとかしたい」一心で、同じ議員のS氏と参加することに決めた。
 一日目は明治大学、二日目は法政大学を会場に「議会改革」のためのセミナーに参加する予定だ。主催者によると、もう既に全国から議員、市民、自治体職員など500名ほどの参加申し込みがあるそうだ。やはり全国的に地方自治体の窮状を何とかしなければならないと、始動しはじめている市民や議員はかなり多いようだ。
 この二日間で一つでも多くのものを自分のものにして、今後の新庄市のために役立てていきたいと思っているが、どうにもならないような「巨大な壁」があることを最近特に思い知らされている。
 行財政改革で全国の自治体は、懸命に「無駄」を削ろうとしているが、それ自体は悪いことではない。しかしその先にあるだろうゴールは、本当に健全な財政の、豊かな自治体の姿なのだろうか。
 僕には地方の自治体ががそんな輝かしい姿になるとは到底思えない。財政を縮小させればさせるほど、自治体の経営は苦しくなり、市民はもろにサービス低下の影響を受けることになる。
 国は「無駄」は地方にあり、とばかりに地方財政に厳しくメスを入れているが、自分たちの「カラダ」にメスを入れるのに、ことのほか慎重なことは、周知の通りである。
 それが一番の問題ではないのか。
 日本がこんな状況になってしまった要因は、アメリカの機嫌ばかりを窺う、コンニャクのような「国」の姿勢ではないのか。
 「国」が今までやってきたこと、できなかったことを素直に反省し、全ての部分を再構築できない限りは、地方再生も何もない。自分たちのツケをなんとか地方に回そうと躍起になっているようでは、地方のゴールはおろか国自体のゴールはどんな悲惨な姿なのかは、容易に想像できる。

 「過ちを改めざること、これを過ちと謂う」…日本国迷走の構図を作り出している官僚、政財界、マスコミ…これは、日本の方向性を変えられる立場と、権力がありながら、「破壊と再生」をできないでいる人たちのためにある言葉ではないか。 そして、なんでもかんでも「国」のいいなりで、結果自分の首を絞めている「地方」のためにある言葉ではないのだろうか。

 明日から2日間、様々な問題を抱え、苦悩する全国の人たちと共に、国や地方の現状を打破するための有効策を探ってきたいと思う。
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