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 いきなりの、しっかりした「冬」である。北本町駐車場の除雪は今日で二度目だ。初日の除雪後、体のいたる所が悲鳴を上げた。若い頃、スポーツだけで生きてきたのに…なんとも情けない話である。
 
 以前にも書いたが、僕は尾花沢市の銀山温泉で生まれ育った。あまり確かな記憶はないが、もの心ついた頃にはスキー板の上に乗っかり、野山を遊びまわっていたように思う。

 アルペンスキー競技を本格的にやりだしたのは小3でいっつも転んでばかり、まるで雪だるまがスキーをしているみたいだった。中々うまく滑ることができず、上手に滑る上級生たちを、セーターの袖で、涙と鼻水をこすりながら「絶対うまくなってやる!」と見つめていた時のことを、五十路を過ぎた今でも鮮明に憶えている。

 あまり転ばず滑れるようになったのは、翌シーズンの終わりの頃だったが、その2年間はずっと「止めちゃおうかな…」と思っていた。こんなことより友達とかまくらごっこや、雪玉合戦したり、あったかいコタツでミカン食いながらマンガ読んでたほうが、ずっと楽しいのに、なんでこんな辛いことを続けなくちゃならないのか、よく解らなかった。

 でも、旅館をしている本家の6年生「卓也君(アニキ的存在)」が恐くて「スキー止める」って言いだせなかった。彼は、いつもヘタクソな僕を励ましてくれた「あつし、大丈夫、ちゃんと滑れるようになっから…」。

 それを言われると僕は「うん…」と答え、他に返す言葉はなかった。

 スキーの練習中は厳しい彼だが、練習が終わり、帰宅して本家(旅館)の風呂に2人ではいると、お互いの家族が心配するほど、長風呂(2時間くらい)をしてはしゃいだ。もしかするとスキーを止められなかったのは、このエキサイティングで楽しい時間があったからかもしれない。
 
 「あつしぃー!いづまで入ってんなやー!ほれっ、ゴハンだー!」風呂の外から僕のお袋のヒステリックな声がすると、僕らはサッと、風呂から上がった。いつもアニキ風を吹かせている彼だが、僕のお袋の恐ろしさを知っていて、彼女の言うことは素直に、すぐ聞いた(しばらく大人になってもその習性は抜けなかった、はは)。

 その後、中学でもスキーをすることになり、落ち込んだ時には、いつも彼の一言が僕を支えてくれた。

「あつし、ダイジョウブだ…必ずうまぐなる。」
 
 おかげで僕は、人並みに滑れるようになり、高校にもスキーで進学する程になれた(途中でやっぱり退部したけど…)。


 冬、窓の外に白い雪が積もり始めると、あれから数10年経った今でも、人生に必要なものがぎっしり詰まった「冬の缶詰」の中から、賞味期限のない鮮やかな記憶が、もこもこと溢れ出してくる。
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