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あまり書きたくない話ではあるが…、先日ある組織にお邪魔した際、高校時代から大変お世話になっている先生に久しぶりにお会いした。その先生から突然「議員になったなら、余計に頭を低くするもんだ。偉くなったと思って、年上にタメグチをきくなんてダメだぞ!」とお叱りを受けた。最初「えっ」と思ったが、尊敬するその先生が、職員が多くいる中で僕を叱るというのは、普段僕が余程ひどい態度で住民の方々と接しているのでは、と本気で心配してのことなのだと、感謝し「はい、気をつけます。」と返事をさせていただいた。
 先生の言葉は、非常にありがたかったが、その場を離れてからも「ショック」は消えなかった。以前のブログにも書いたように、僕はだぶん「体育会系」の人間である。大学の体育会と言えば学年や年齢によって住む世界が全く違ってくる。僕は小学校3年から大学4年まで、そんな上下関係に厳しい世界にドッップンと首まで浸かって生きてきたと思う。だから、そういう決まり事は、自然に肉体と精神にしみ込んでいるはずだと勝手に思い込んでいた。それがそうでないことに、そして僕が上下関係を知らないと感じている人が確実にいることに、生まれて初めて気付かせてもらった。

 まだ議員でなかった頃、僕は世の中の政治家のことを「4年に一度選挙の時だけ頭を下げ、当選したらその下げた分だけふんぞり返る人たち」と冗談を言い笑っていた。それほどそんな態度の議員を毛嫌いしていたのに、その僕が、ふんぞり返っていると人に感じられているとは…。

 でも、いくら思いおこしてもそのようなひどい態度をとった記憶がない。おそらく僕と関わる周囲の方々に訊いてもらっても、頭が特別低いと言う人はいないかもしれないが、「人並み」の評価はしてもらえると思うが、まさか五十を過ぎてからタメ口のご指摘を受けるとは…思いもしなかった。

 昔、入社してしばらく経ったある日、同じ大学出身の先輩から「小関は、窮屈」と言われハッとしたことがある。あまりに上下関係にピリピリしていて、体育会のノリそのものだったかららしい。それからはなるべく普通に会話をし、前後の挨拶だけはきちんとするようにしてきた。おそらく現在もそのような姿勢で人と接してきているつもりである。

 社会に出てから、あまり「タメ口」などということを気にしたことはないが、そういえば、一回りも下の後輩に「おぅ、ハゲ…元気だが?」といつもステキな挨拶をされる。もちろん会話も「タメ口」だ。でも全く気にならない。感じない僕がフツーじゃないのかもしれないが、気にしたことがない。少し気になると言えば「ハゲ」の部分だが、これは誰もが認める「事実」だからしょうがない。それより何より、後輩である彼のことを僕は一人の人間として「信頼」し、「尊敬」もしている。だから多少言葉が荒いからといって彼の評価が下がることはないし、ましてや「タメ口」をきいている、などとは絶対に思うことがない。

 だとすると、僕の表現を「タメ口」と評価する人は、僕のことを一人の社会人として「信頼」もしてないし、当然「尊敬」なんか絶対してない方なのかもしれない。

 2007年の統一地方選挙の際に、世間に身をを晒し、市民の負託を受け当選させていただいた議員として、日々謙虚な心を持ち、活動をしてきていることに間違いはない。しかし僕の心の中に、そのような自覚できていない「慢心」があるとすれば、それは撲滅しなければならないのは当然のことである。
 態度や言葉遣いを治すとか、そんな上辺のことではなく、今後、信頼され、尊敬されるような「本当の議員」にならなければならないと、肝に銘じた一件だった。
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