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2011.05.29 矢の如く
 2011年は、恐ろしい速さで進み、気がつくと明けてからもう半年になろうとしている。ここまでの人生でこれほど「月日」を「矢のようだ」と感じたことはなかった。
 こんなスピードで年を重ねるならば、おそらく「旅のゴール」ってやつもそう遠くないに違いない。娘や息子たちも、ついこないだまで夜泣きしていたかと思えば、もう三十路に入らんとしている。今はもう天国に暮らす両親も、おそらく今の僕と同じような感覚で「自分の旅」を感じていたのかもしれない。

 2007年から田舎政治家となり、未熟ながらも市政のためにと、がむしゃらに政治家をやってきた。初当選してから1年後に、約20年細々と経営してきた「本屋」を休業した(現在は借金返済と奇特なお客様のために、注文販売のみの本屋を続行中)。その時には議員に転職できて結構ですね、などということをネットに書かれもした。全国の書店の惨状をみてもらえれば、そのようなことはないと思うのだが、市民の反応は容赦なく、鈍感な僕もいささか落ち込んだりした。
 休業してからは、未熟な政治家から少しでも早く脱却しようと、様々な議員セミナーや研修会などに参加しできるだけスキルを磨くことに力を注いだ。
 豪雪に苦しむ地域や農業を何とか再生したいと「小水力発電」の勉強に全国を飛び回った。そしてやっと漕ぎ着けた実証実験は、記録的な豪雪の中で、予想をはるかに超える成果をもって「成功」し、あとは「本格実施」を残すだけだ。
 そして今年は統一地方選の年ということで、本来の活動以外の「用事」も相当あった。僕が信頼している県議会議員の後援会長として力不足ながら精一杯動いた。続けて自分の選挙戦である。ほとんどぶっつけ本番の選挙戦は、諸々の手続きや事務所を構えたりなどの最低限のことしかできず、理念や思いを演説に込めるといった、思いがけないほど僕の「理想」に近いものになった。

 新庄市全体をいい方向に向かわせるには市役所(行政)や議会の改革がなによりも優先されなければならないと、議員になってから一貫して主張し続けてきた。市民には中々見えにくいかもしれないが、見えるところでは今年度から「総合政策課」が新設された。その課は国や県の政策や事業をいち早くタイムリーに取り込むような機能を持っている。
 そして議会改革も予想以上の速さで進むことになった。より市民に身近な議会として、機能する議会として、確実に生まれ変わろうとしている。これからの4年間はそれらの流れを、さらに強く、早く、進めていくつもりだ。



 しかし3月11日以降、社会はがらっと変わってしまった。今は以前と変わらない日常のようだが、何もかにもが変わってしまったように感じるのは僕だけなのだろうか。まるで世の中全体が「反転」したような感覚なのだ。
 東日本大震災も空前絶後の大惨事ではあるが、僕が反転したと感じる要因の全ては、福島の原発事故である。メディアではチェルノブイリ原発事故やスリーマイルの事故とは違うから大丈夫だ、と盛んに言っているが、そんなことをまともに信じている国民は少数ではないのか。現に大量の放射能は拡散し、間違いなく、この新庄にまで飛散している。

 25年前チェルノブイリの事故があってヨーロッパ全域に放射能が飛散した。そのころから技術の確立されていない原子力発電というものに強く反対してきた。僕は全くの化学ダメ人間だが、どう考えても、最終処理のところを有耶無耶にして進められている原子力関連事業には強い不安を覚えた。あとで推進のために湯水のように撒き散らされる「巨額なお金」がある事を知って、不信感は確信に変わった。悪魔の発電に多くの政治家や官僚、学者や企業がウジ虫のように群がり、国民をだましすかしねじ伏せながら強引に推進した。その結果としての「フクシマ」である。

 「原発は危険だ!」などと言うと、いろんな方々から共産主義者だべ、とか、じゃ電気使うな、とか様々なことを遠慮なく言われた。僕をそう批難した人たちは、今も僕に対して同じようなことを言えるのだろうか。僕も大衆の一人だが、「大衆」とはそのようなことを平気でやってしまうということは、過去の歴史からも明らかである。
 それはそれとして、残りの、そう多くはない人生で、僕はどうやって、子どもたちの「アカルイ」未来に、今をつなげていけばいいのだろうか。オヤジ面して、娘や息子たちを叱り、世の中とはこうだ、などと偉そうなことを言い続けてきた。でも現在のような悲惨な状況になるまで、何も世の中を変えることができなかった。
 そもそも「今」は、未来につなげていい状態なのだろうか。放射能に汚染された大地は容易に元には、戻らない。プルトニウムという放射性元素は半減期(原子数が半分に減る)が24,000年という。こんな天文学的な数字を肩書きに持つ元素を、人間ごときが意のままにしようとすること自体、間違っているのだ。
 
 もう、すぐにでも放射能汚染を除去できるような、「ノーベル賞」を一度に24,000回も授賞できるような化学者が出現してくれることしか、アカルイ未来につなげる術は残っていないように思える。

 とにかく、あっという間の半年だった。

 時は、矢のように未来に向かって進んでいるが、いつも情けないと思うのは、自分がいかに「無力」か、ということである。


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